紅キ雪(前編)
ヴァレリア:いらっしゃいー、お客さんも吹雪凌ぎ?
店に入るや否や、奥の少女が底抜けに元気な声で話しかけてくる
そんなところだ、と簡潔に答えカウンターに腰掛けると、適当なものを注文し・・・
運ばれてきたのは、頼んだ覚えの無いものであった
ヴァレリア:ほら、これでも飲んで元気出して!あ、2杯目からは御代を頂くからね?
と、彼女が差し出した『ヴァレリアのスープ』で暖を取る
・・・確かに、冷え切った体に広がる味と暖かさが心地よい
吹雪く窓の外を見つめ、溜め息をひとつ洩らした
雪を見ると、あの事を思い出す
そう、あれは・・・一人でいた頃、あいつに出会った時の話だった――
んびーーー
今は人の気配の無い西アクロニア平原に、ブザー音が鳴り響く
背伸びしてカウンターを覗き込んでいるタイタニアの少女が、そこにあったボタンを押したためだ
ブザー音に続き、エミル族のメイド格好をしたモノから、元気のいい合成音声が聞こえてくる
酒場店員:いらっしゃいませ!ご希望のクエストをどうぞ!
少女:・・・えっと、クエストってなんですか?
半分泣きそうになりながらも、少女はそう告げる
酒場店員:そのようなクエストは御座いません、
いまいちど冒険者様のレベルと受注可能なクエストを確認の上、お申込下さい!はい、次の方!
少女:・・・うぅー・・・
んびーーー
酒場店員:いらっしゃいませ!ご希望のクエストをどうぞ!
さっきから、同じことの繰り返しであった
・・・どうやら、最近実装された『クエスト受注ましーん』とやらの使い方も知らない程の初心者のようである。
人通りもそんなに多くないこの西アクロニア出張酒場でブザーが鳴り続けるのは珍しいな、と
『クローキング』で身を潜めつつ見に来たが、実際に目にするとそんなものだ
いい加減帰るか・・・男が思った矢先、ふと件の少女と目が会う
少女:・・・あ・・・
迂闊だった
SPが切れた為、クローキングが解けてしまった様だ
少女:すみません、クエストってどうやって受けたらいいんでしょうか・・・?
恐れていた事だが、OPチャットで話しかけてくる。
男はこの世界に降り立ってから、ずっと一人で生きてきた
他人との会話は苦手だし、ましてや初心者支援なんてする柄じゃない
男:他のやつがいるだろう、そいつに聞け
少女:かれこれ1時間くらい聞いてるんですが・・・何も教えてくれないんです・・・
少女はクエスト受注ましーんを指差し、力なく答えた
男:いやそれは・・・ああ、なんでもない
男は少女に『それは単なる機械』と言うことを躊躇わせた。なんか惨めだし。
男:とりあえず・・・
少女:ほえ?
少女の目に、見慣れないウィンドウが現れる
男:OKを選べ
少女:えっと・・・はい
男:とりあえずPT組んだから、PTチャットで喋る様にしろ。OPチャットだと目立つしログ流しがウザい
少女:あのー・・・PTチャットって・・・?
男:・・・・・・・・
なんだかんだで、少女とまともに話が出来るようになったのは、それからもう少しあとの話であった
少女:ありがとうございました!
男:・・・ああ・・・
チャットの使い分けから掲示板・コメントの見方、
さらにはゴーレムやらの説明をざっと終えて初心者から学校から出てきた時点で、
二人の元気さは反比例しているような感じであった
そのまま男は足早に立ち去ろうとするが
少女:あ、あの!
その呼びかけに、振り向かなければいいのに振り向いてしまった
少女:お名前教えてもらってもいいですか・・・?
男:・・・は?
根っからのソロプレイヤーであり、捻くれ者の自覚もある男にとっては、まったく予期せぬ言葉である
男:知るか。PT組んだのもOPで延々と会話垂れ流されていると煩かっただけだ
少女:でも、いい人です
男:俺はソロだし、PTを組むのもこれが始めてであって、おそらく今後もない。
少女:でも、いい人です
男:しつこいな、俺はお前からどう思われようとも関係ない
少女:でも、いい人です
無言で佇む男と、笑顔を絶やさない少女
しばし、沈黙がその場を支配し・・・
男:・・・・・・PT情報をよく見ろ。PTを組んだなら名前はそこに書いてあるはずだ
少女:やっぱり、いい人です
少女がにっこり微笑む
一方男のほうは、深く重い溜め息をついていた
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